歴史=西洋音楽?
ミラノ音楽院の入学式の後は現在ミラノで行われている現代音楽祭へ。それぞれが演劇性を伴う歌手+電子音響による4つの新作を聴く。今回の演奏会は作曲科の学生が歌手ソロのために作品を書き、そこに電子音楽科の学生や俳優等が加わって一つの作品を作るプロジェクトの発表会といった趣き。
僕は日本で西洋音楽の伝統の継承というものをとても重要なテーマとしていたが、はっきり言ってそれは妄想に過ぎなかったのかもしれない。ヨーロッパ人が背負う伝統というものの偉大さ、巨大さの前では僕が背負っているものは無に等しい。再考が必要だ。
僕はヨーロッパに永住はせずに将来は日本を拠点に西洋音楽の作曲家として活動していきたいと思っている。そんな中、今後自分はどのような作品を作ればいいのだろうか。どういう活動をしていけばいいのだろう。良い意味でショックを受けた1日だった。
近年特にドイツ語圏の地域では純粋な音楽作品は影を潜めミクストメディアとしての表現が模索されているが、イタリアでもそうした潮流が既に深く根付いていることを感じた質の高い演奏会だったように思う。特に同門の同世代の作曲家の作品が素晴らしく、そこまで珍しいことをしているわけではないのだが正直ただただ圧倒される。もちろん作曲家の能力の高さもあるだろうがそれ以上にヨーロッパの音楽表現の凄みというものを真の意味で感じた=文化の積み重ねこそが西洋音楽の真髄とようやく理解できた瞬間だった。
ジェロラモ劇場の内部
終演後の劇場




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